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店頭のワープロのように、好き勝手書いて好き勝手放置しておく気楽な場。 踊り子さんには手を触れないようお願いします
【SS】 きよらなる 幕間
2008年01月10日(木) 22:22
 すいませんやっぱり続きました。
 ライトノベルによくあるエセファンタジー風味みたいな感じの背景でひとつ。




《―――六時になりました。ニュースをお伝えします》

 耳慣れた時報の後、特徴的な抑揚の男声が響く。
 音がテレビではなくラジオ音声なのは、昔気質の祖母が同居していた頃の名残である。
 昔も今も両親が共働きである事もあってか、馬渡家ではテレビを付ける事はほとんどない。例外は、一家全員が腰を据えて見られる夕食の時だけだ。
 そして、どんな局でも自由に変えられるのにわざわざ周波数を祖母が聞いていたのと同じ、国営放送にするのは家族の中でも一人だけだ。確かめる必要すらない。
「姉さん」
「あ、洋。おかえりー」
 玉すだれを潜って台所に入れば姉――馬渡清香はいつものようにエプロン姿で立っていた。
 夕食が母親の手によるそれから、姉のものになっておよそ数年。
 以来、この家の中で清香はほとんどの時間を台所で過ごしていた。ベッドや勉強机こそは自室にあるが、参考書を読むのも宿題をするのも、ほとんどここでというのだから、徹底している。
 そしてそれ以外の時はというと――「夢」の為に試作の毎日だ。
 洋輔の覚えている限り、姉がホイッパーとボウルを持たなかった日はない。
 それがどうして始まったのかも含めて、覚えている。



「ちょっと後ろごめんね」
 言いつつ、ボウルを持った清香の背後を、制服姿のままの洋輔が通った。
 向かう先は二つ並んだ冷蔵庫――その小さい方。
「ごめん、晩ご飯遅くなると思う」
「まだいいよ。部活の後輩と食べてきたから」
 いつものヨーグルト飲料を取り出し、コップに注ぐ背中に向かってそう言うと、苦笑を浮かべて弟は応じた。
 洋輔の部活は合気道だ。
 入学する前、それこそ中学の頃から注目株と言われて遜色のない成績を常に残し続けているせいか、後輩に相談を受ける機会も多い。
 先程の一瞬にふわりと漂ったソースの匂いから、おそらく通学路途中のお好み焼き屋にでも寄ってきたのだろうと見当はついた。
 弟の性格からして、言を翻すようなことはないということも。

 相変わらず、そういうところの呼吸は阿吽だと、思う。
 小さい頃からずっとそうだった。自分がやりたいと思い、願うことに、洋輔はほとんど反対した事はない。逆らったことどころか責める事もないのだ。気遣わせないほど自然に動いてしまっている。
 それに気付くことが出来たのは、――多分もうひとりの幼馴染みのお陰なのだろう。
 洋輔とは異なり盛大に文句も愚痴も言いながら、それでも、結局折れてくれる相手。
 人より多少出来がいいというだけで、持ち上げられる事ばかりの自分に「当たり前」を教えてくれる相手。
 もっとも、その辺りを『師範代』――絃笙院は気に入らないようなのだが。

「それ、明日の仕込み?」
「んーん、ちょっと試作品」
 言いながら手を止め、生地の感触を確かめる。
 メレンゲ入り生地特有の、軽い手応えは予想通りの仕上がりだ。満足してホイッパーを外すと、生地を用意していた型に流し込んでいく。
「あれ? シフォンケーキ?」
「うん、家庭科の先生に面白いレシピ貰ったの」
 最後の一滴まで流し込み、軽く表面を整え余熱していたオーブンへ。
 ぱたん、と重い音をたててオーブンが閉じるのを見送って、清香は頷いた。作動するのを確かめて調理台を片付け始める。
「何入れてるの。ヨーグルトは、この前作ってたと思ったけど」
「惜しい。今日はチーズ入りなのよね」
「クリームチーズじゃなくて?」
「ううん、普通のプロセスチーズ」
 元のレシピはパルミジャーノを使ったものだったのだが、調べてみると家の在庫はそれほど多くなかった。買いに出るのも面倒だったので、父親の晩酌用をミルクで練って使う事にしたのだ。
 工程に苦労はしたが、それなりのものが出来ている自負はある。あるのだが――弟の反応は、予想通り芳しいものではなかった。
 しかめるというより引きつった表情。
「美味いの、それ」
「もち。試作品食べてるもん。塩気あるから、オヤツには向かないけど」
「ふーん……」
 力説に、返ってくるのは気のない頷き。明らかに信じていない。まあ、仕方ないとは思うのだけれど。
(あたしも、先生に言われた時そんな感じだったもんね)
 こればかりは結果で証明するしかないのだ。
 なんとも言えない視線をオーブンに向けている洋輔を置いて、清香は作業台から流しの方に移動した。焼き上がるまでに洗って、次が作れるようにしなければならない。
 ガス湯沸かし器を作動させ、お湯を出した。
 スポンジに洗剤を垂らし、まずは器具類から洗い出す。計量スプーンと、ホイッパー、ゴムべらに計量カップ―――
「―――ああ、そういうこと」
 納得したように頷く気配がしたのは、一番大きなボウルに手を掛けた時だった。
「なんの話?」
「いや、だからさ」
 振り向いた先で。
 同年同月同日に生まれた双子の弟は、にこにこと愉しげな笑いを浮かべて言った。
「マサって、甘いもの駄目だったんだよなって思って」

 がしゃん。

 派手な音をたてて流しの底にボウルが落ちた。
 弾みで跳ね飛ばされたホイッパーが、床の上でからからと回る。
「あ、動揺した?」
「―――」
 清香は無言。その様子を見て、洋輔がくすりと笑う。
「姉さん、そういう所は分かり易いよね」
「どこが」
「顔には出ないけど絶対ギクシャクするじゃない。あと黙りこくるし」
 図星だ。
 すごく図星だ。自分でも最近気付いただけに、すごく――腹立つというよりは泣きそうになっている自分に気付いた。でも、泣かないし泣けない。
 そういうことを、この弟の前でしてはいけない―――

「そんなに心配することないと思うけどな」
「何がよ」
「マサのこと。あいつは犬科系だから、姉さんから目移りすることって多分ないよ」
「判ってる」
 そうだ。判っている。
 逃げない。あいつは逃げない。目も逸らしてくれない。けど近付いてもこない。
 ずっと変わらない距離に安堵し続けて。でも――だとしても。

「……努力は、必要でしょ」

 それは世間で言うような「自分のモノ」とする為のものではない。
 誰のものでもないと気付かせない為の、努力だ。

 椎堂賢は馬渡清香の幼馴染みで。仕事の時の相棒で。
 世界にただひとつしか存在しない一対の魔を、共有するただひとりの存在で。
 どうしようもなく特別な相手なのだ。
 おそらくは、ここにいる双子の――同じに生まれてきた「もうひとり」の自分よりも。

 色恋ではないと思う。
 そんな綺麗なものじゃない、きっともっと執着じみた感情だ。
 好きではなくて。愛でもなくて。
 いないことが駄目なのではない。たぶんいなくなったら呼吸すら出来なくなってしまうような―――

 これをなんと呼べばいいんだろう。



ちなみに「チーズ入りシフォンケーキ」のレシピは実在します。店売りはしてないらしいですが。ネットで昔見たものを参考にしているので詳しくは不明。
もうひとつ書いて終わりくらいの感じで。
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