FC2ブログ
店頭のワープロのように、好き勝手書いて好き勝手放置しておく気楽な場。 踊り子さんには手を触れないようお願いします
【SS】三梨律子の憂鬱
2008年06月24日(火) 19:00
とりあえず前編だけ。



 派手な水飛沫が上がった。
 腹に響くような低音の後で、何度目かの風切り音。
 ひゅっ、ひゅっ、と続けて放たれたそれらが唸りを上げて向かうのは、不可視の飛礫。そしてそれを薙ぐのもまた、不可視に近い何かだ。
 滔々と流れる大河の畔。
 夜と見紛うような曇天の下、向かい合う影はふたつ。
 ひとつは、水面の中程から伸び上がる竜巻に似た渦巻く水流状の「なにか」。遠目には、鎌首を持ち上げた灰色の巨大な蛇のようにも見えなくはない。
 それに相対するひとつは人型――フライトジャケット風の上着を羽織った男。
 飛礫をばら撒くのは前者。それを弾くのは後者。
 それはフィクションの一幕のようだ。さもなければゲームか何か。
 超常の者に立ち向かう、か弱いヒトの図。
 だが、現実はフィクションのように上手くは行かない――常を超えて現れたものにヒトは敗北する。敗北し続ける。それが、現実というものだ。

 そうして「現実」の通り。
 男は水面に落ちた。
 これで、およそ十数回目である。

/*/

 三梨律子は読んで居た文庫本から顔を上げないまま、小さく溜息を吐いた。ばらばらと落ちてくる飛沫を左手の傘で受け流して、ページを繰っていく。
 今日の本屋は当たりだ。バイトらしい店員に勧められるままに買った新人の推理小説だったが、なかなかに出来がいい。流麗な文章が気に入った。惜しむらくは―――
「ちょっと情報過多なのよね」
「……何が」
 章の区切り――無能だが、小気味よい性格をしたヒロインが最初の死体を発見するところまでを読んで顔を上げる。
 目に入るのは、文庫本に目を落とした時とほぼ同じ風景だ。
 一級河川の名前に相応しい、広々とした川幅。コンクリートで舗装された土手と堤防。
 違いはひとつ。ちょうど目の前、やや段差のあるそこに川の側から手を掛け、ぜいぜいと荒い息を繰り返している男が一人いることだ。
 当然ながら濡れ鼠。衣服はもちろんのこと、今日顔を合わせた時にはこれでもかと整髪料を付けて立たせてあった髪も水の勢いと重力には勝てず、皮膚にべったりと張り付いている。
 なんとも惨めなその姿を見るともなしに眺めていると、こちらの視線を感じたのか、呆れたように溜息を吐く。
「何だ」
「別に。随分早いと思っただけ」
「早かねェって」
 こちらの軽口に、男は再び溜息を吐いて身を起こした。コンクリートの地面に足をかけ、滴を滴らせたまま陸に上がる。ぐちゃっ、という水を含んだ衣服に特有の重い音が、またなんとも間抜けさをそそる。実際――男の顔には憮然とした表情が浮いている。
 とはいえ、三梨の立場としては、男の自業自得というしかないのだが。
 なにしろこの男、こちらの助力を乞わない。


 彼女がこの男と出会ったのは半年ほど前の事だった。
 最初は中堅業者に依頼されてのことだ。今と同じ――それよりもやや狭いとある河川に魔が湧いたので、討伐してほしいという。最初は一人だけでやる腹積もりだったのだが、もともと三梨の魔剣は水系の魔との相性が悪い。加えて、この魔の能力はやや古い分だけ高く、三梨の魔剣だけでは仕留めきれない事が判ったのだ。踏んだり蹴ったりである。
 この状態を打開すべく、彼女は業者の仲介を受けて急遽チームを組む事となった。
 そうして、引き合わされたのがこの男だ。
 名前は知らない。
 腕の立つ魔剣遣いである事だけは業者の口振りと男自身が纏う気配とで知れたが、それだけだった。初対面なのだし仕事なのだから、最低限の呼び名くらいは名乗り合うべきところを「適当に呼べ」という。もっと言えばぶら下げていたのも魔剣ではなかった。
 精霊武装。
 魔剣同様に魔を断つ事の出来る――だが、結局はただそれだけの武器だ。業界では魔剣遣いが修行の為に使うものとされており、ほぼ紛い物に近い扱いを受けている。
 しかし、魔剣の気配だけは濃い。これだけで既に胡散臭い。
 おまけに、わざわざ呼ばれた癖に、こちらとチームを組む事自体が嫌だという。
『化け物は俺が叩く。討伐と封印はあんたがやれ』
 ―――ちなみに、魔剣というものは魔を屠れば屠るほど強くなるものだ。
 魔の持つ余剰エネルギーの吸収によって「それ」は能力を高める。そしてその吸収の為の処理作業を「討伐」実際の吸収を「封印」と彼等魔剣遣いは称する。
 逆ならば判る。しかし、よりによってその「強くする」作業を全部他人に譲るという。
 この胡散臭い男と組む事になったのも、結局はそれが決め手となった。

 お陰で――という言い方も変だが――三梨の魔剣は半年で、以前の数倍は強くなった。

 錯覚だとは自分でも思うが、それこそ軽く素振りするだけで、世界すらも切り裂けるのではないかと思えてしまうほどだ。身体へのフィードバックに到っては、人外並み――それこそ最高峰と呼ばれるスポーツ競技が幼稚園のお遊戯に思えてしまうほどだ。
 しかも、単純に取り分を全部貰っているだけでなく、男とする以外の仕事も受けているので実戦の勘がなくなってしまうという訳でもない。
 ……正直、お得すぎて気味が悪い。素性が判らない事も不気味だ。
 男の行動は徹底している。待ち合わせ場所には常に徒歩で来るようだし、服は大量販売の既製品。携帯電話はプリペイド。精霊武装も毎度、現場に合わせて「変えて」くる。
 とはいえそれらを追求して男の機嫌を損ね、失ってしまうには美味しすぎる話でもあった。だから、出逢ってから半年ほど経った今でも、結局は男の誘いに乗ってしまうのだ。
 誘いに乗って――そしてその度に、後悔する。
 男の武装の使い方は、三梨のそれがお遊戯に思えるほど手慣れている。何より、それを真似る事は三梨には絶対に不可能だ。それだけの技量の差が互いにはある。
 だからいつしか、三梨は男の「作業」を見るのを止めた。そして男もこちらを見る事はほとんど無い――いや、それは最初から変わっていない。

 こんな関係を、何と言えばいいのだろう。

「―――ねえ」
「ん?」
「あたしの出番、いつになりそう?」
 文庫本に指を挟んだまま男に問う。
 水で重く撓んだジャケットを脱いだ男は、こちらに振り向かぬまま濡れた髪を纏め始めていた。節くれ立った長い指がじゅっ、と水を絞り出し、束ねた髪に紐が巻かれる。
「ああ―――」
 淀みなく滑る動きはそのままに口だけが開いて答えた。紐がきゅっ、と音を立てて結ばれれば、男の背筋は綺麗に伸びている。
 いや、背筋だけではない――態度も表情も、先程の不機嫌さが嘘のように切り替わる。
「そろそろ準備して待っててくれ。次の一合でイケる」
「わかった」
 けれど一度も、男はこちらの顔を見ようとはしない。視線を向けることすらほとんどない。言葉を戦わせることすらも。
 そして、自分たちはそれが何故なのかを聞けるような間柄でもない。

 嗚呼。
 なんて腹立たしい。
 けれど戦い方だけは、見惚れるほどに苛烈な―――

(続きますがひとまずこれだけ。)
関連記事
別窓 | 殴り書きSS | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
<<【突発】万聖節の夜に | 乃磨建月の殴り書き倉庫 | 【SS】屠殺者の庭>>
この記事へのコメント
↑top | under↓
コメントの投稿














管理者だけに閲覧

この記事のトラックバック
トラックバックURL

list FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
↑top | under↓
| 乃磨建月の殴り書き倉庫 |