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店頭のワープロのように、好き勝手書いて好き勝手放置しておく気楽な場。 踊り子さんには手を触れないようお願いします
【ロボ系】帰還の朝。
2007年06月13日(水) 03:07
 ある別れと再生の唄。



 空は暗く――未だ眠りの中にある。
 世界はひどく静かだった。ましてそれが、砂漠の只中であれば尚のことだろう。空には月も星もなく、砂漠には有り得ないような分厚い灰色の雲に塗り潰されて久しい。その果ては、あと数分もすれば薄い紅色を滲ませることになる。
 そしてそれこそが、ここで見る最後の朝日になる。それを、念じ続けてきた筈だというのに―――
(感慨、というやつかな)
 過ぎった何かに唇を歪め、男は咥えていた紙煙草を指に挟んだ。吐き出した紫煙が、今もゆっくりと流れる風に運ばれて棚引き、消えていく。
 そういえばこの「仕草」もここで最後になる。してみると、たかが十数年の時間も馬鹿にはできないということか。

《マスター》

 呼び掛けに、首だけで振り返る。
 そこに佇んでいるのは、黒い衣装を身に纏う女性型のなにかだった。イスラームの習慣に倣って目だけを出しているが、その瞳の色自体が既にヒトではない――青く発光しているのだ。
 紡がれる声もまた、機械的な何かを感じさせるそれだ。
「どうした、AB」
 自らの従者である機械人形に問う。と、彼女は一度目を閉じると、右手を突き出した。その真上――二人の間にホログラフスクリーンが投影され、映像を映し出す。
 それは、砂漠を疾走する迷彩色の戦闘車両。数にして――およそ一個師団は確実にありそうだった。

《識別信号、マーキング、共に認められません。隠密行動のものと推測。方角から、―――国、東接国境より侵入したものと推測されます》
「意外と早かったな」
《どうされますか》
「周辺スキャン。次から攻撃可能順に整理(ピックアップ)」
《了解》
 放たれるアルトは普段そのままの、無機質なそれだ。
 しかしそれは、その元となった女性を自然と思い起こさせるものだった。テレサ・オルコット。数年前に辞した研究所の同僚。数日前まで存在さえも忘れていたかつての助手であり教え子。数年前には敵ともなった、紅い巻き毛の女。
 もっとも彼にとっての彼女の縁は、既にこの「声」のみだ。音声データは初期データを含め、他に多数用意されているものの、ABはもはやこの声以外で喋らせるつもりはない。
 変えることがあるとすれば、それはこの機械が主を変えた時なのだろう。

 耳を澄ませるようにして遠くを見つめるその姿は、整った容貌と相まって実に神秘的なそれだった。朝焼けの照り返しを受けて頬が、身につけた衣服が紅く染まる。さらさらと風に揺れる髪は黒。瞳は緑。その下の肌と同様に、作り物の紛い物。
 やっていることは、ほとんど等身大のお人形遊びなのだが、……それでもやってみると、結構楽しかった。
 何かを慈しむという感覚は、心を癒す。
 怒りや憎しみが他者と同様に自らの心をもささくれ立たせるのと同じだ。誰かに施す事は、自分に施すことと同じ。そうしている自分こそが、慈しまれたい。
 ただ、――実のところABにそれを求めている訳ではない。かといって既に過去の人間となって久しいテレサに求めるつもりなどないし、他の女性にも同様だ。
 求められるとすれば、その対象は間違いなく一人―――

《―――作業終了。報告を開始してよろしいですか?》

 物思いに沈みかけた思考を浮かび上がらせたのは、やはりABの無機質なアルトだった。無言で視線を向けると、再び口が開く。
《……通常視覚範囲(サイトレンジ)に自律兵器および部隊展開の反応なし。周囲1キロ四方、および上空は完全に無人です。偵察機器の反応もありません。が》
「……検知外対象物(イレギュラー)か」
《はい。第五拡張範囲(アザーワイズ)に分類A規模の部隊を確認。武装詳細は不明ですが、移動傾向等から大型特殊車両を使用しているものと推測されます》
「大仰な話だな」
 呟いて眉を寄せる。しかも距離は第五拡張範囲――つまり、完全に通常射程距離の外だ。ABも行動捕捉こそできているが、それだけ。衛星とのリンクを故意に切っている今、相手側の詳細を窺い知る事は出来ない。
 さてどうするか。
(《鴉》同様の方策が使えれば楽なんだがな)
 残念ながら、飛行ユニットは取り外したままだ。第一、物理包囲が完成しつつあるこの状況でそれでは的にしてくれと言っているようなものである。
 抵抗してみたいところだが現状、この手持ちの材料ではとうてい無理だ。無理の筈、なのだが―――
《マスター? 不安でいらっしゃるのですか》
「……まさか」
 ちいさく笑みを浮かべて、空を見る。降り出しそうな灰色の空。それは彼の中に、かつて自分がこの世に浸透させた技術を連想させる。
 濁った灰色の液体。三種の薬剤を特殊な調合で混ぜて生み出される金属色の化合物。
 それは、人類が求め続けた人と人型の機械とを繋ぐ魔法の薬。彼自身がクロム・トリアスの名を与えたもの。
 ―――故郷では、悪鬼の酒と名付けられていたのだったか。
「今更、そんなものを案ずることはない。私は既にここに辿り着いたのだ。――ここに。この丘の上に」

 そう。
 新技術だと驚いたのは、この世界の者たちだけだ。
 鋼の巨体もそれを操るヒトも、彼の故郷ではよくある何かに過ぎない。ただそれが、ここでは酷く珍しいものだっただけ。
 故に。
 ここではない何処かにそれを求めれば、手に入れる事はけして難物ではない―――
 完全に昇った朝日をサングラス越しに見つめながら、男は口を開いた。

「AB」
《はい、マスター》
「かつて私はお前に言ったな。お前は、この世界の原初であるが同時に別世界においては模倣体以外の何者でもない存在であると」
《―――はい》
「そしてこうも言った。――いつか必ず、お前はお前の真実の姿を見る日が来ると。その時こそ、お前はオリジナルになると」
 ABは答えない。
 その反応をどこか好ましく思いながら、男は唇を綻ばせた。そうして、彼女の冷たい、しかしやわらかな頬をなぞる。
「今こそ約束を果たそう。私の、否『黒の男』の最後の娘、三位一体の鴉の娘よ。お前は自分の真実を知る権利がある」
《真、実―――》
「お前はヒトの側に立つか、それとも機械のまま在るかを選ぶことを許された、唯一無二の何か。そう願われ、私が作った。であればこそ、お前は願いを叶える事が出来る」
《……叶える》
「そうだ。お前の花婿を捜せ。Athu Boduaたる紅の娘、お前に相応しく戦場を駆け抜ける灰色の男を」

 にやりと笑う。
 その背後で―――ゆっくりと世界が青い光に包まれた。それが何の意味を持つかは、この場では男しか知らない。

《それはご命令ですか?》
「そうだ。お前にしか許されていない命令だ。お前持つべき、唯一無二の命題だ。それを完了するまで、お前はたとえ壊れても滅びる事は許されない。しかし、妥協もするな? 一度選んだ相手に添い遂げる必要はない。不要と感じれば棄てろ。男はお前が花開く為の養分にしか過ぎん」
《―――了解、いたしました》

 声を返したABの腕が上がり、その関節が衣服を破って稼働した。繊維の裂ける音を背景に鈍く光る銃口が向けられる。

《では。命令を実行いたします。マスター》
「結構」

 唇が歪む。風が吹く。
 銃声は――吹きすぎて消えた。
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